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令和八年一月十日〜十二日まで、大本山増上寺様にて輪番布教を担当しておりました。この時期に、法話を担当するのは初めてでした。日中の境内は、大殿に向かって長蛇の列、正月三ヶ日にお参りができなった方が、三連休中で訪れているとのことでした。法話をしていると、お焼香され手を合わせる方がいたり、神社と区別がつかない方が「パン・パン」と柏手(かしわで)を打っておられる方がいたりしました。
その増上寺と同じ港区に愛宕神社があります。愛宕神社は階段が有名で、八十六段から成る階段は、高所恐怖症の人ではなくても、怖いと思う急な階段です。その由来は、江戸時代、徳川家光公から「馬に乗ったまま階段で駆け上がり、上に咲いている梅を取って、駆け下りてくることができたならば、褒めてつかわそう」と言われ、一人だけその課題を達成したものがいたそうです。その人は、後に出世することができたということで、「出世の階段」と言われています。
その愛宕神社は、今年は例年にない長蛇の列ができていました。この神社には「火の神様」が鎮座されているからです。火の神様が注目されているのは、今年の干支が「丙午(ひのえうま)」だからです。
干支は、本来十二種類の動物と木火土金水の五つのエネルギーを組合せて成り立っています。したがって、合計60種類の干支があるわけです。今年は、火の力を持つ「丙」と火の性質を持つ「午」が重なる「炎の年」なのです。良い意味で言えば、情熱勢い・大きな飛躍と言えますが、良いことも悪いことも二極化しやすい年だそうです。それをご存じの方が、愛宕神社のお札を手に入れるために、数時間並んでいたのです。
お経では火を私たちの煩悩に喩えることがあります。お釈迦様の言葉にこのようなものがあります。
「世界はどこも留まっていない。どの方角も揺れ動いている。私は安住の地を求めたが、既に死や苦しみに取り付かれていない所はなかった。殺そうと争う人を見よ武器をとって、討とうとしたことから恐怖が起こった。すべてのものは燃えている。欲望と怒りと愚かさによって。」『パーリ語経典』「NHKスペシャル・ブッダ大いなる旅路ナレーション参考」
お釈迦様は、激しい社会の動きの中で争う人の心が、まるで炎が燃えさかっているようだと仰せになっています。私たちの心には、欲望(貪り)、怒り(瞋恚)、愚か(愚痴)といった煩悩があるとし、その心の働きによって、私たちは迷い苦しんでしまうというのです。そして、煩悩を断ちきれないものは、後生も生まれ変わり死に変わりの苦しみを受けていかなければならないと説かれています。
例えば、人間関係で考えてみると、私たちは自分の都合が良い相手とは仲良くしますが、その仲良くしていた人が今度は自分の都合が悪くなった途端に、怒りや憎しみへと心が転じてしまうことありませんでしょうか。その原因は、私たちの心に煩悩が存在するからであると説くのです。
その連鎖から離れていくために、仏教を実践する人たちは、善行によって煩悩を抑え、命終えた後は、良い生まれ変わりができるようにと願うのであります。
したがって、油断せず一喜一憂しない心がけが必要な年なのでありましょう。「おれが」の炎ではなく、相手の心を温かくする火を灯すような、一年になりますよう心がけたいものですね。
海福寺 瀧 沢 行 彦
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