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次回配信日は、12月1日です。





禅勝房往生様子


参考資料お念仏のともしび

 法然上人のお弟子さまに禅勝房(ぜんしょうぼう)とういうお方がいらっしゃいました。
 遠江国(とうとうみのくに)現在の静岡県の西部の方で、現在の周智郡森町にある蓮華寺さまのご住職でもありました。禅勝房さまは、天台のみ教えを学ばれておりましたが、「自分自身の才覚や器では、自らの力で煩悩を絶って迷い苦しみの境涯を離れていくことはできない・・・」と悩まれていました。

 その最中「あの一ノ谷の合戦で活躍した、熊谷直実が法然上人より教えを授かった。」という噂を耳にします。早速直実を尋ねると、直接法然上人と面会することを勧められ、紹介状を書いてくださいました。禅勝房は、法然上人にお会いするために京の都へ上洛しました。
 すると、法然上人が住んでいた東山の吉水の地の小さな草庵は、多くの人が集まっていました。「身分性別年齢職業を問わず、誰もが極楽浄土へ往き生まれていくことができます」法然上人の言葉にお念仏の声が響き渡っていきました。禅勝房も法然上人を尋ねました。法然上人は当時七十歳、禅勝房は当時二十九歳でした。
 早速禅勝房が、「法然上人。道理に暗く、煩悩を抑えることもできない罪深きものでも、極楽浄土へ往き生まれることができる教えがあると聞きましたが、その理(ことわり)をお聞かせください」と自身の胸の内を語りました。
 すると法然上人は、次のようにおっしゃいました。「その極楽浄土の主(あるじ)であります阿弥陀さまこそ、何事も道理に暗く日々罪深いもので、諸々の仏菩薩から救いの門を閉ざされてしまった人々を、いともたやすく助け救おうという誓願をたてられ、ありとあらゆる者を迎いとってくださる仏さまであります。」とお答えになられました。「阿弥陀さまが自身の力で救うと仰せになっている。だから間違いがない」禅勝房は、自力で生死の苦しみから離れていくということが仏教の常識と学んでいたので、法然上人の「本願のむなしからざるいわれ」という「さとりの道から救いの道への転換の言葉」に感銘を受けたのです。
 この日を縁として法然上人のお弟子さまとなっていきました。禅勝房は、法然上人の1番近い所でお給仕の仕事をされていました。その甲斐あっていつしか、阿弥陀さまの本願に対する疑いもなくなり、法然上人の元を離れ、故郷である遠江の国へ帰ろうと決意しました。
 法然上人は旅支度の整った禅勝房に花向けの御訓として、「さとりの道は智慧を極めて生死を離れていくものだけれども、お念仏のみ教えは、愚に還って極楽へ生まれる心得であります」と授けられました。

 さらに、故郷へ帰った禅勝房には、このようなエピソードが残っています。法然上人のお弟子である隆寛律師が「嘉禄の法難」といって、お念仏の弾圧がありました。その際に東国へ配流となります。その途中、遠江の国へ留まることがありました。その噂を聞いた人々は、「法然上人のお弟子さまが来られる」と大勢集まってきたといいます。隆寛律師は、その土地の人々にお念仏のみ教えを伝えたといいます。
 隆寛律師は「そういえば、この土地に禅勝房がおられるのでは?」土地の人に尋ねます。「私と同じ法然上人の弟子となられた禅勝房というお上人が、この近くに住んでいらっしゃるはずなのですが、ご存じですか?」このように問うと、「いや、どうでしょうか。そのようなお坊さんはいらっしゃらないですね・・・あ、ですが、叩き大工さんで、ゼンショウと名乗っていらっしゃる方はおられますよ!」隆寛律師は「その大工さんを、呼んでください!」とお伝えすると、すぐにその大工さんが尋ねてこられました。一目でその方が禅勝房さまであることがわかりました。隆寛律師八十歳、禅勝房五十四歳。弾圧等、風雪に耐えたお二人の再会でした。

 禅勝房は、京都での修行の徳を隠すどころか、僧侶の衣も脱ぎ捨てて、蓮華寺で番匠(大工)を生業として、人知れずひたむきな念仏生活を過ごされていたのであります。
 隆寛律師が、もの静かに申されました。「あなたにお目にかかって、息を引き取られた法然上人のお言葉を思い出しました。『禅勝房は、自分だけが信仰に入り、自分だけが助かればいいというような者ではない。必ず多くの方を教化してくれるだろう』」
 禅勝房は、この言葉に涙したといいます。

    遠州で 大工となるも 南無の声

 それ以降、禅勝房は再び浄土信仰の案内人として人々にお念仏のみ教えを伝えていったそうです。正嘉二年(1258)八十五歳の生涯を遂げ、最後は端座合掌、高声念仏(自分の耳に聞こえるほどの念仏の声)を三遍となえて正念往生を遂げられました。

【参考資料】
「お念仏のともしび」 浄土宗静岡教区布教師会

 海福寺  瀧 沢 行 彦 









新型コロナウィルス感染防止のために

 年忌法要は、感染防止策をとりながら、親族中心におこなっております。

 なお、お墓参り、付け届けは、密となりませんので、お出かけ下さい。

 

宗祇法師の会 (11月例会)

 日大名誉教授藤岡武雄先生を中心といたしまして、宗祇法師の顕彰と研究をする会です。
どなたでも参加できます。申込は不要ですので当日お出掛けください。

日   時
11月17日(月) PM1:30〜3:30
会   場
願成寺 TEL:055-975-1763
参 加 費
無料
主   催
三島ブランド 三島宗祇法師の会

 

辻 説 法 の 会

 お茶を飲みながら、法話をお聴きになりませんか!

日   時
11月21日(金) PM6:00〜7:30
会   場
茶房「 欅(けやき) 」 2F TEL:055-971-5591
講   師
晋光寺 副住職 増田 元仁 師
参 加 費
500円 (飲み物は各自でお支払いください)
主   催
県東部青少年教化協議会(この会は、特定の宗派にこだわらず、
ひとりでも多くの方々に仏教を伝えることを目的に活動する団体です。)
次   回
12月19日(金) 同時刻  大泉寺 住職 小島 健布 師

 

暮れの墓地大掃除のお知らせ

 毎年12月の第1日曜日は、暮れの墓地および境内地の大掃除となっております。お忙しい折とは存じますが、ご家族でご参加をお願いいたします。当日は「芋おでん」を用意いたしておりますので、お掃除終了後お召し上がり下さい。

日   時
12月7日(日) 9時より (小雨決行)
お 願 い
できますならばお掃除の道具をご持参下さい。
駐車場が少ないのでご注意下さい。








▼ 文学講座のお誘い
 願成寺公開文学講座といたしまして、『源氏物語』を読んでおります。写本(青表紙本、新典社刊)と活字本とを対校しての講読ですが、参加者全員で声を出しての読みますので初心者の方でもご自由に参加いただけます。
現在、「須磨」の巻に入ったところで、朧月夜との事件から都に居られなくなった光源氏が、須磨へと旅立つところです。
ご一緒に、光源氏とともに須磨への旅を始めましょう。

開 催 日
 毎月 第1,3土曜日(変更あり)
開催時間
 10時〜11時30分
場  所
 願成寺庫裡
費  用
 無料(教科書はお求めいただきます。 1000円〜2000円)
申し込み
 電話、FAX、E-mail

※ご参加をご希望の方は、檀家、非檀家を問わず、どなたでもご参加いただけます。







 ラジオが唯一の情報源であった時代から、新聞やテレビが加わり、小学生までがパソコンや携帯電話を利用している時代となった。ひと昔前の学生の楽しみというと麻雀とお酒が定番であったが、町から雀荘が消え泥酔した学生の姿は少なくなった。これも学生たちの娯楽に選択肢が増えたからであろう。世の中はあらゆる選択肢が増え、情報のアイテムが氾濫し、多様性の時代といえよう。

 教化活動の基本としては、葬儀や年忌法要を始め、修正会、彼岸法要、施餓鬼会、十夜法要と、あらゆる法要での説法であろう。印刷技術の発達によって掲示板伝道、文書伝道ハガキ伝道がおこなわれるようになった。拙寺でも「ハガキ伝道」や「テレホン説法」の経験があり、教化活動も多様化してきたなかで、時代のニーズにあった教化活動の一つとして、「 願成寺メールマガジン 」と名付けてメールマガジンを発行することにした。

 寺院という特質から、教化の対象となるのはお年寄りという現実は否定できない。また檀信徒全体からすれば、どれほどの人が、インターネットを利用しているかと考えるとその効用ははなはだ微少と思われるが、新しい形での教化活動として実験的に発信することにした。

 インターネットによるメールマガジンの配信は、お寺に足を運ぶことの少ないあらゆる世代の皆さまに語りかけることができるであろう。また拙寺のお檀家さま以外の皆さまとも、お寺とのつながりを持たせていただく方法としては最良と考えております。

 毎月二回とは申せ、浅才なわたくしにとってはかなりの重圧となっていくであろうことは想像にかたくない。三回で中止するわけにもいかず、発信を決意するのに一年もかかった始末である。

 諸大徳の応援をお願いいたしながら、皆さまとの交流の場としていきたいと存じます。よろしくお願い申しあげます。

 天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久


 







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