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恒例となりました「願成寺百人一首古今伝授杯2025、小学生百人一首競技かるた大会」が、願成寺本堂を会場に10月26日、開催されました。
みしまの文化百花繚乱補助事業として、「三島市」「三島教育委員会」の後援、さらには「三島市観光協会」「三嶋暦」「三島宗祇法師の会」山本建設株式会社」「三島信用金庫」「願成寺」の協賛をいただいての開催となりました。
静岡県内は無論のこと、東京、横浜、名古屋からのお友達の参加もあり、総勢20名の参加となりました。低学年の部と、高学年の部とに分けてのトーナメント形式です。したがって4の倍数の参加者が必要となりますので、欠員のあるとこころはスタッフが参加します。スタッフのみなさん、小学生以上に緊張して参戦しましたが、おおかたは小学生に撃沈されました。
願成寺住職の百人一首の講義(競技が目的ですので、話は短く)、西郷直樹永世名人の解説で、カルタの並べ方、ルール等、詳細なご指導を受けて、さあ本番である。西郷永世名人の読み上げが始まると、子どもたちのすざまじい気迫が本堂内を制覇する。特に親たちギャラリーの応援のまなざしと、我が子を案ずる親の心臓の鼓動でもが聞こえてくるような会場の様子である。お寺の本堂には、あまり似つかない雰囲気である。私も孫が参加しているので、全体を統括していながらも、しばしば我が孫に眼が行く次第である。
競技カルタでは、読み上げられても取り札のない「空札(からふだ)」というのあります(説明はAIで)。緊張の頂点に達していた気持ちが、空札によって萎えるのです。しかし、また気持ちを臨戦体制に持っていくのです。
一喜一憂しながら対戦は、進んでいきます。本人は無論のこと、家族も置れている札が見えないだけに、心おだやかでないのですが、ただ見守るしかないのであります。早くに大敗した子、接戦を続ける子と悲喜こもごもの場面が展開されていくのです。
ところで、何で願成寺で百人一首の大会と思われる方もお有りでしょう。まったく知られていませんが、現代流の言い方をすれば、「願成寺は和歌の聖地」なのです。
それは室町時代の武将東常縁(とうのつねより)が、関東下向の折、三島に滞在、現在城山と呼ばれるところに陣をかまえていたのです。それがまさしく現在の陸軍墓地と願成寺のところであったのです。
そしてその東常縁は、古今和歌集の解釈や歌学を家職する二条家の秘事の継承者でありました。そこで宗祇法師は三島を訪れて、常縁よりその奥義を伝授され(古今伝授という)、その伝授された場所が願成寺とされています。
また宗祇が著した『百人一首抄』が小倉百人一首の歌道の入門編として一般にも知られるようになり、江戸時代に入り、木版画の技術が普及すると、絵入りの歌がるたの形態で広く庶民に広まり、人々が楽しめる遊戯としても普及したのです。
さらにすごいことは、西郷直樹永世名人は、カルタ会の仏さま、神さまである。いろいろの分野で永世名人があるが、そのなかでも最高峰の永世名人である。公式の百人一首の世界では、名人を連続5期達成されると永世名人となるという。西郷直樹永世名人は15期に渡って名人を務めたのである。そうした前例がないことから、永世名人のなかでも別格なのである。
そしてさらに、我が願成寺のお檀家さんの娘さんのご主人である。西郷直樹永世名人そして宗祇法師して、願成寺は百人一首競技かるた大会の開催の宿命があると言うべきであろう。
【百人一首空札】
百人一首の「空札」とは、競技かるたで使用されない50枚の札のことを指します。プレイヤーの自陣に25枚、相手陣にも25枚、合計50枚の札が場に並べられますが、残りの50枚は場に存在しない札となります。読み上げは百人一首100首すべてで行われるため、この使われない札の歌も読まれることになります。
空札の役割:競技かるたでは、空札が読まれたときに誤って場にある他の札に触れてしまうと「お手つき」となります。
ゲームの要素:空札の存在は、単に場にある札だけを追うのではなく、「今読まれている歌が場に存在するかどうか」も瞬時に判断する必要があるため、試合の戦略性と複雑さを増しています。
天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久
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