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次回配信日は、10月1日です。





海福寺寺子屋絵本


海福寺第25世遷化直後お念仏様子

 「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯にいきました。おばあさんが川で洗濯をしているとドンブラコッコ、ドンブラコッコと、大きな桃が流れてきました・・・」寝付けない時に親に絵本を読んでもらう。いつしかスヤスヤと眠りにつく子供。親の声でおとぎ話を聞きながら眠りにつく安心感は、子供にとって何よりも幸せな時間でありましょう。

 おとぎ話の「とぎ」は、「伽(とぎ)」という字を書きます。これは、古代インドのサンスクリット語(梵字)で「看病する人、世話する人、寝室で付き添う人」といった意味があります。したがって、お伽話という言葉には「寝る時に寄り添いお話をして寝かしつけてくれる人」という意味があるのです。

 他にもこの「伽」を使う言葉に「夜伽(よとぎ)」というものがあります。「夜伽」とは、夜を通して亡くなった方の近くに寄り添い、お線香を絶やさないようにして、邪悪なものから守るという意味があります。つまり、「夜伽」はお通夜の語源ともなる言葉です。そのような意味合いから、私たちは日が暮れた時刻に、お通夜をお勤めして、亡き人に手を合わせるのです。故人が最後に迎える夜を寂しくないように、また守るために遺族、友人で過ごすのです。

 私も祖父を亡くした時、まだ保育園の園児でしたが、近隣のお坊さんに「今晩は、お念仏を絶やさず木魚をうちながらおとなえするんだぞ」と言っていただいたことが記憶に残っています。子供心に「おじいちゃん、一人で寂しくなると可哀想だから近くにいてあげよう」と幼心にそう思いました。私は祖父の葬儀で命の尊さと、命の行き先を教えていただきました。

 近年は、儀式を簡略化するような風潮がありますが、それは、通夜や葬儀を一連の形式としか認識できていないからでありましょう。それでは、亡き人の命の行き先がどのようになるのかを知ることがかないません。

 法然上人のお言葉に

   人の心さまざまにして、ただ一筋に夢幻の憂き世ばかりの
   楽しみ栄えをもとめて、すべて後の世をも知らぬ人も候

とあります。「人の心は様々で、夢幻のように儚いこの憂き世での楽しみや栄華だけを追い求め、後の世のことなどまるで気にも留めない人もいるのです。」と仰せになっておられます。

  Q 私たちは少しでも生きている間に「豊かな暮らしをしていき
    たい。自分の願いを叶えていきたい」と思いを巡らすのは当
    然のことであります。しかし法然上人は、人の心が世間の風
    潮ばかりに気をとられていて、後の世のことを考えていない
    ことを嘆いておられます。それはなぜでしょうか?

  A それは「人は命終えたら生まれ変わり死に変わり、輪廻を繰
    り返す」とお経に示されているからです。生前の行いによっ
    て私たちが命終えた後の行き先が変わると、仏法には明かさ
    れています。悪い行いをすれば、苦しみの世界へ、善い行い
    をすれば、安楽な世界へと生まれ変わっていくとあります。

 では私たちの命の行き先はどうなのでしょうか?自分の都合が悪くなって、嘘をついてしまったり、八つ当たりしてしまったり、したことはないでしょうか。知らず知らずのうちに人を傷つけてしまったことはないでしょうか。そんな私たちの命の行き先は仏教で明かされる道理によると、決して善い場所とは言えないのであります。

 ですから法然上人は「後の世の事は私たちの力が及ばないから、阿弥陀さまのお力によってお救いいただこう」と私たちにお勧めになられているのです。
 その生死の世界から離れていく手立てがお念仏であります。お念仏、南無阿弥陀仏は、阿弥陀さまが私たちを生死輪廻の世界から救うために残してくださった手立てであります。阿弥陀さまは「我が名を呼ぶもの、南無阿弥陀仏ととなえるものを、一人も見捨てることなく生き死にの輪廻の世界から救う」と誓われています。その阿弥陀さまの御名、我が名を呼ぶ行いがお念仏であります。
 よって私たちは阿弥陀さまのお言葉に従って、南無阿弥陀仏と申し続けていけば、生死輪廻の世界を離れて、極楽浄土へ往き生まれることができるのであります。

 そのような命の行き先があるにも関わらず、世間の夢幻に心が奪われていることに法然上人は悲しまれているのであります。

 秋のお彼岸も近づいて参りましたので、「伽」の心を忘れずに、ご先祖さまに寄り添ってお念仏申してお過ごしください。

 海福寺  瀧 沢 行 彦 









新型コロナウィルス感染防止のために

 年忌法要は、感染防止策をとりながら、親族中心におこなっております。

 なお、お墓参り、付け届けは、密となりませんので、お出かけ下さい。

 

辻 説 法 の 会

 お茶を飲みながら、法話をお聴きになりませんか!

日   時
9月19日(金) PM6:00〜7:30
会   場
茶房「 欅(けやき) 」 2F TEL:055-971-5591
講   師
霊山寺 副住職 山田 高之 師
参 加 費
500円 (飲み物は各自でお支払いください)
主   催
県東部青少年教化協議会(この会は、特定の宗派にこだわらず、
ひとりでも多くの方々に仏教を伝えることを目的に活動する団体です。)
次   回
10月17日(金) 同時刻  光厳寺 住職 五味 寛融 師

 

宗祇法師の会 (9月例会)

 日大名誉教授藤岡武雄先生を中心といたしまして、宗祇法師の顕彰と研究をする会です。
どなたでも参加できます。申込は不要ですので当日お出掛けください。

日   時
9月29日(月) PM1:30〜3:30
会   場
願成寺 TEL:055-975-1763
参 加 費
無料
主   催
三島ブランド 三島宗祇法師の会

 

小学生百人一首競技かるた大会 願成寺古今伝授杯

 「三島せせらぎ会」 西郷直樹永世名人ほか指導のもと、「願成寺古今伝授杯」争奪戦がおこなわれます。初心者大歓迎です。また、賞品等全員に参加賞あります。

日   時
10月26日(日) PM12:30〜
会   場
願成寺本堂 TEL:055-975-1763
募集人数
小学生32名
〆   切
10月20日(月)
申込方法
主   催
願成寺百人一首古今伝授杯実行委員会








▼ 文学講座のお誘い
 願成寺公開文学講座といたしまして、『源氏物語』を読んでおります。写本(青表紙本、新典社刊)と活字本とを対校しての講読ですが、参加者全員で声を出しての読みますので初心者の方でもご自由に参加いただけます。
現在、「須磨」の巻に入ったところで、朧月夜との事件から都に居られなくなった光源氏が、須磨へと旅立つところです。
ご一緒に、光源氏とともに須磨への旅を始めましょう。

開 催 日
 毎月 第1,3土曜日(変更あり)
開催時間
 10時〜11時30分
場  所
 願成寺庫裡
費  用
 無料(教科書はお求めいただきます。 1000円〜2000円)
申し込み
 電話、FAX、E-mail

※ご参加をご希望の方は、檀家、非檀家を問わず、どなたでもご参加いただけます。







 ラジオが唯一の情報源であった時代から、新聞やテレビが加わり、小学生までがパソコンや携帯電話を利用している時代となった。ひと昔前の学生の楽しみというと麻雀とお酒が定番であったが、町から雀荘が消え泥酔した学生の姿は少なくなった。これも学生たちの娯楽に選択肢が増えたからであろう。世の中はあらゆる選択肢が増え、情報のアイテムが氾濫し、多様性の時代といえよう。

 教化活動の基本としては、葬儀や年忌法要を始め、修正会、彼岸法要、施餓鬼会、十夜法要と、あらゆる法要での説法であろう。印刷技術の発達によって掲示板伝道、文書伝道ハガキ伝道がおこなわれるようになった。拙寺でも「ハガキ伝道」や「テレホン説法」の経験があり、教化活動も多様化してきたなかで、時代のニーズにあった教化活動の一つとして、「 願成寺メールマガジン 」と名付けてメールマガジンを発行することにした。

 寺院という特質から、教化の対象となるのはお年寄りという現実は否定できない。また檀信徒全体からすれば、どれほどの人が、インターネットを利用しているかと考えるとその効用ははなはだ微少と思われるが、新しい形での教化活動として実験的に発信することにした。

 インターネットによるメールマガジンの配信は、お寺に足を運ぶことの少ないあらゆる世代の皆さまに語りかけることができるであろう。また拙寺のお檀家さま以外の皆さまとも、お寺とのつながりを持たせていただく方法としては最良と考えております。

 毎月二回とは申せ、浅才なわたくしにとってはかなりの重圧となっていくであろうことは想像にかたくない。三回で中止するわけにもいかず、発信を決意するのに一年もかかった始末である。

 諸大徳の応援をお願いいたしながら、皆さまとの交流の場としていきたいと存じます。よろしくお願い申しあげます。

 天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久


 







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