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私の父はよく「兵戈(ひょうが)無用(むゆう)」というお経の一文を重んじておりました。これは、『無量寿経』に示される言葉で「武器を用いることなく」という意味です。終戦八十年を迎える今年のお盆参りに、この偈文をとなえる父(海福寺先代住職)の声を思い出すのであります。
皆さんは、終戦を迎え復興を進める日本に大きな影響を与えた、J・R・ジャヤワルダナ氏の演説をご存じでしょうか。
スリランカの元大統領(当時はセイロン政府の大蔵大臣)ジャヤワルダナ氏は、1951年9月6日のサンフランシスコ条約で、各国代表の出席者に向かって劣勢に追い込まれていた日本に対して、「賠償請求権の放棄」を宣言しました。
ではなぜ、日本に対する賠償請求を放棄したのでしょうか?
ジャヤワルダナ氏は日本を訪問した際に、日本の人々が今もお釈迦さまの平和の影響を受けており、しかもそれに従おうとしている印象を得たそうです。仏教は、インド(南アジア)から、ビルマ、ラオス、カンボジア、タイ、インドネシア及びスリランカ(セイロン)などを通して(南伝仏教)、或いは、ヒマラヤを越え、チベット、中国から日本に伝わりました。(北伝仏教)その仏教の「平和の影響を受けている」ことを感じたのです。
よって、ジャヤワルダナ氏は「日本はスリランカと同じ仏教国であると信じて」賠償請求を放棄したのです。この勇気ある演説が口火となって、日本の戦後復興の第一歩が踏み出せたといいます。
ジャヤワルダナ氏は演説の中で、
「憎しみは憎しみによって消え去るものではなく、ただ愛によってのみ消え去るものである」というお釈迦さまの言葉を用いられました。これは『法句経』の中に示される言葉です。演説は英語で行われたそうで、
「Hatred ceases not by hatred,but by love」
が上記の言葉に相応します。この中に「love」とありますが、「愛」も様々な要素があります。古代ギリシャでは、この「愛」を大きく2つに分けて考えていました。感性的な愛を「エロース」、見返りを求めない愛を「アガペー」と言いました。或いは仏教で「愛」は「執着、愛執」と煩悩の一つと考えられます。
例えば「愛している人に裏切られた」場合、愛は激しい憎しみに転じてしまいます。また、自分の身にとって親しいものには愛情を注ぐけれども、そうではない人には返って疎ましいという感情をいだくことがあります。つまり、仏教で「愛」は常に憎しみに転じてしまう可能性がある苦しみの種として示されます。
そのように「love」にも様々な受け取り方がありますが、ジャヤワルダナ氏は、仏教の「慈悲」という立場から演説されたのであります。
「慈悲」の慈の語源に「真実の友情」、悲には「憐れみ」という意味があります。よって「純粋な同情」を意味します。人が悲しんでいるときに、自分も悲しむ、心を同じにするということです。また、慈には苦を除いてあげたいという願い「抜苦」と、悲には楽を与えてあげたいという「与楽」という意味があります。それを踏まえてジャヤワルダナ氏の「But by love」の本意を考えると「憎しみは憎しみによって消え去るものではなく、ただお互いに苦を除いてあげたいと願い、楽を与えてあげたいという慈悲の心によってのみ消え去るものである」ということになりましょう。
奪い合うのではなくて与え合うことこそが、平和を実現することができることとジャヤワルダナ氏は、声高らかに世界へ発言をしてくださったのであります。
「日本民族は永遠に忘れることはできません。あの演説は読み返す程、深い深い哲学を感じます。ブッダの精神で日本を救ってくださいました。」この言葉は、元建設大臣・日本スリランカ協会会長などを務めた野田夘一(のだういち)氏(1903〜1997)のものです。
終戦八十年を迎える私たち。なぜ私たちのご先祖さまが仏教を信仰してこられたのか。兵戈(ひょうが)無用(むゆう)の慈悲の伝達を、私たちは忘れてはなりません。
【参考資料】
野口芳宣 著書
『慈悲と勇気で支えた人 スリランカジャヤワルダナ大統領』
海福寺 瀧 沢 行 彦
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