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次回配信日は、3月15日です。





明治初期「百人一首」紫式部

 NHKの大河ドラマ「光るきみへ」が、放映されている。紫式部8歳の「まひろ」という名のもとに登場して、藤原道長12歳の「三郎」との出会いから始まる。そして、三郎との再会を楽しみに駆け出すと、ちょうどそこを馬に乗って通過する三郎の兄道兼を驚かせ落馬させてしまうのである。怒った道兼は、謝る「まひろ」の母親を無礼打(ぶれいうち)にする。じつに衝撃的な事件で始まるのである。

 ところで平安時代の女性の名前は、ほとんどわからないのである。紫式部は、宮中での女房名は藤式部(とうのしきぶ)で、後に紫式部と呼ばれたとされるが、いずれも通称である。清少納言や和泉式部なども通称にすきない。
 紫式部の実名や正確な生没年もわかっておらず、大河ドラマでの紫式部の呼称が、単に「まひろ」であったに過ぎない。とにかく分からないことだらけである。ただ、母親が早逝して、漢学者である父親藤原為時に育てられ、文学的な素養を身につけたと言われており、母親を早逝させなければならなかった。

 ドラマというものは残酷であって、不要な人物はつぎつぎと死んでいくのである。光源氏とて、義母藤壺との密通を描くために、三歳の時に病弱な母親桐壺更衣は去っていく。同じように「まひろ」の母親も死んでもらわなければならず、無礼打ちという形で消えていくのである。無論こんなことは史実ではなく、作者の虚構であることはいうまでもない。ドラマでは、返り血を浴びた道兼の形相は、あまりにもセンセーショナルであった。
 紫式部の詳細が伝えられていないだけに、作者のイマジネーションが駆り立てられるのかもしれない。

 「光る君へ」第5話で、「まひろ」と「三郎」は、互いの素性を明かすことになる。ちょうどそのとき花山天皇が即位し大嘗祭(だいじょうさい)が営まれ、五節の舞が催される。なんと、「まひろ」が舞姫に抜擢されるのである。無論、紫式部が舞姫となったという史実はない。「源氏物語」に五節舞が描かれていることからの採用であった。
 これは、母親を惨殺した道兼が、「三郎」の兄であることを、「まひろ」に知らしめるための演出である。そして「まひろ」は、「三郎」との恋心と、道兼への憎しみとに苦しむことになるのである。

 まだ「光る君へ」は8回の放映であるが、このように「まひろ」の生涯を展開していくなかで、しばしば「源氏物語」の場面が利用されているといえよう。
 初回から残虐な道兼が物語の底辺に流れているが、史実でないだけに多少の違和感を感ずる次第である。ただ、道兼もまもなく亡くなっていくので、新たな展開を生じていくのであろうか。

【無礼打(ぶれいうち) 】=切捨御免(きりすてごめん)
 近世において武士に認められていた私的刑罰権。無礼打(ぶれいうち)ともいう。本来は強力な武士各人が有していた支配者的懲戒権に基づくと考えられる。江戸幕府の成立とともに、幕府はこれを身分的秩序維持するための名誉の防衛権に制限した。

【五節の舞ごせちのまい】
 五節の豊明節会(とよのあかりのせちえ)に行なわれる少女の舞。五節の舞をまう舞姫は、公卿・国司の子女の中から、新嘗祭では四人、大嘗祭では五人の未婚の少女を召した。

【大嘗祭だいじょうさい】
 天皇が即位後初めて行う新嘗(にいなめ)祭。その年の新穀を天皇が天照大神(あまてらすおおみかみ)および天神地祇に供え、自らも食する、一代一度の大祭。祭場を東西2か所に設け、東を悠紀(ゆき)、西を主基(すき)と称し、神に奉る新穀をあらかじめ卜定(ぼくじょう)しておいた国々の斎田から召した。

【藤原道兼】
 長徳元年(995年)、関白道隆が重い病に伏した。道隆は後継の関白に嫡男の内大臣伊周を望むが許されず、4月10日に死去した。4月27日に道兼は関白宣下を受ける。ところが、ほどなく道兼は病になり、5月8日に没した。享年35。世に「七日関白」(在任は7日ではない、一説には5月2日に奏慶(天皇に御礼を述べるために関白として初参内)してから7日目であったからだともいう。なお、道兼は関白在任中に1度だけ陣定を開催している)と称された。死後、正一位太政大臣を追贈された。(ウィキペディア)

 天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久









新型コロナウィルス感染防止のために

 年忌法要は、感染防止策をとりながら、親族中心におこなっております。

 なお、お墓参り、付け届けは、密となりませんので、お出かけ下さい。

 

辻 説 法 の 会

 お茶を飲みながら、法話をお聴きになりませんか!

日   時
3月15日(金) PM6:00〜7:30
会   場
茶房「 欅(けやき) 」 2F TEL:055-971-5591
講   師
傳心寺 住職 井上 正信 師
参 加 費
500円 (飲み物は各自でお支払いください)
主   催
県東部青少年教化協議会(この会は、特定の宗派にこだわらず、
ひとりでも多くの方々に仏教を伝えることを目的に活動する団体です。)
次   回
4月19日(金) 同時刻  真楽寺 副住職 勧山 法紹 師

 

観音堂大祭(諸祈願)のお知らせ

 春のお彼岸に観音堂の大祭を厳修いたします。寺伝によりますと、頼朝公が三嶋大社に百日祈願の折、当願成寺を宿舎といたし、その願が成就いたしたことから「願成就寺」の寺号を賜りました故事により、諸願成就の祈願をおこないます。当日ご参加できません場合には、お札は郵送申しあげます。また、当日前年のお札等を炊きあげますのでご持参ください。当日は「餅まき」「模擬店」「野菜青空市」等を予定いたしておりますので、お誘い合わせてお出かけ下さいませ。

日   時
3月20日(水) 【11時】法要、【12時】餅まき
祈 願 料
祈願料 3,000円
申 込 み
お彼岸のお参りの折、電話、FAX、E-mail (前日までに)

 

宗祇法師の会 (3月例会)

 日大名誉教授藤岡武雄先生を中心といたしまして、宗祇法師の顕彰と研究をする会です。
どなたでも参加できます。申込は不要ですので当日お出掛けください。

日   時
3月25日(月) PM1:30〜3:30
会   場
願成寺 TEL:055-975-1763
参 加 費
無料
主   催
三島ブランド 三島宗祇法師の会








▼ 文学講座のお誘い
 願成寺公開文学講座といたしまして、『源氏物語』を読んでおります。写本(青表紙本、新典社刊)と活字本とを対校しての講読ですが、参加者全員で声を出しての読みますので初心者の方でもご自由に参加いただけます。
現在、「須磨」の巻に入ったところで、朧月夜との事件から都に居られなくなった光源氏が、須磨へと旅立つところです。
ご一緒に、光源氏とともに須磨への旅を始めましょう。

開 催 日
 毎月 第1,3土曜日(変更あり)
開催時間
 10時〜11時30分
場  所
 願成寺庫裡
費  用
 無料(教科書はお求めいただきます。 1000円〜2000円)
申し込み
 電話、FAX、E-mail

※ご参加をご希望の方は、檀家、非檀家を問わず、どなたでもご参加いただけます。







 ラジオが唯一の情報源であった時代から、新聞やテレビが加わり、小学生までがパソコンや携帯電話を利用している時代となった。ひと昔前の学生の楽しみというと麻雀とお酒が定番であったが、町から雀荘が消え泥酔した学生の姿は少なくなった。これも学生たちの娯楽に選択肢が増えたからであろう。世の中はあらゆる選択肢が増え、情報のアイテムが氾濫し、多様性の時代といえよう。

 教化活動の基本としては、葬儀や年忌法要を始め、修正会、彼岸法要、施餓鬼会、十夜法要と、あらゆる法要での説法であろう。印刷技術の発達によって掲示板伝道、文書伝道ハガキ伝道がおこなわれるようになった。拙寺でも「ハガキ伝道」や「テレホン説法」の経験があり、教化活動も多様化してきたなかで、時代のニーズにあった教化活動の一つとして、「 願成寺メールマガジン 」と名付けてメールマガジンを発行することにした。

 寺院という特質から、教化の対象となるのはお年寄りという現実は否定できない。また檀信徒全体からすれば、どれほどの人が、インターネットを利用しているかと考えるとその効用ははなはだ微少と思われるが、新しい形での教化活動として実験的に発信することにした。

 インターネットによるメールマガジンの配信は、お寺に足を運ぶことの少ないあらゆる世代の皆さまに語りかけることができるであろう。また拙寺のお檀家さま以外の皆さまとも、お寺とのつながりを持たせていただく方法としては最良と考えております。

 毎月二回とは申せ、浅才なわたくしにとってはかなりの重圧となっていくであろうことは想像にかたくない。三回で中止するわけにもいかず、発信を決意するのに一年もかかった始末である。

 諸大徳の応援をお願いいたしながら、皆さまとの交流の場としていきたいと存じます。よろしくお願い申しあげます。

 天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久


 







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